霧 多 布 鳥 案 内
片 岡 義 廣
釧路と根室の中間に位置する霧多布、ここで野鳥を見ながら暮らし19年になる。道東には魅力的な探鳥地として知られるところが数多くある。それなのに、霧多布に来てから他の地に鳥を見に行ったことはほとんどない。これは私の出不精のせいもあるけれど、霧多布で見てやろうとのこだわりがあるからだ。
ここでの魅力、それは環境の多様性にあると思う。外海、湾、港、岬、浜、湿原、沼、干潟、それに針広葉樹林の森と高い山や渓流以外はなんでもござれ。おかげで現在までに記録された野鳥は309種にもなった。どこそこで、あれが出た、これが出た、と聞かされても、そのうち霧多布でも出るんじゃないの、との思いがある。実際は後でくやしい思いもするのだが、なんでも出る可能性がある環境がそろっている、これが霧多布の最大の魅力と言えると思う。
霧多布の日々の自然は、ホームページ「えとぴりか村から」内の「なもけもの日記Ⅱ」をご覧になってください。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~pirika/
アゼチの岬でエトピリカ
霧多布の鳥、といえばエトピリカを思い起こす野鳥ファンがほとんどだろう。他の野鳥は別のとこで見られても、エトピリカはここだけが陸から見ることのできる唯一の繁殖地なのだから。実際に霧多布に野鳥を見に来る人は、エトピリカを目的に6月から7月に訪れる人が最も多いのである。
エトピリカの生息地は岬の台地西端に突き出たアゼチの岬の500m沖に浮かぶ小島、南北100m弱東西200m弱の名前どおりの小さい島である。ここで、わずか1ペア!が5年つづけ繁殖している。じつはそれ以前の3年間は繁殖するものはなく、わずか1ペアとはいえ再繁殖に歓喜したものだ。以前霧多布にどれぐらいのエトピリカがいたかはっきり分かっていないが、40年以上前には100羽程度が飛来していたと考えられている。繁殖数は1ペアと書いたが近年は繁殖前の若鳥が飛来するようになり、03年の一度に見られた最大数は9羽であった。92年頃の確認数が2羽だったのに比べ、わずかながら増えてきているが、今だ絶滅の危機にあるのがエトピリカの現状といえよう。
繁殖しているエトピリカは4月下旬から5月上旬に小島に飛来し、8月下旬ころに子育てを終え外洋に去っていく。数が増えてくるのは若鳥が飛来し始める6月から8月上旬までで、その頃が最もエトピリカの見やすい季節となる。小島ではアゼチ岬から見える側と反対に巣があり、残念ながら若鳥もほとんどが向こう側に降りてしまうことが多い。
ではどこを探せばいいのか、ポイントは島の左側の海上である。島の左下から沖に向けて岩礁が点在し白波が立っていることが多く、その向こう側をスコープで丹念に探してみよう。時期になるとこの海域にはエトピリカ誘致のために海上デコイ(人形)が浮かべられる。そのそばに本物のエトピリカがいることも多いので、まずこの海上デコイを探すのもポイントとなるだろう(二体一組になっている)。
ようやく見つけてもエトピリカは遠く小さい。それでも見続けると、赤い嘴や白い顔だけでなく、黄色い飾り羽がだんだん見えて来る。そこまで確認できるようになると、島を何度も旋回する飛び姿にも気づくようになるだろう。運が良かったらアゼチの岬と小島の間を旋回してくれて、バッチリ見えるトロピカルな姿に感激することもあるから粘って見ることも必要だろう。
もう一つのエトピリカを見るポイント、それは時間帯である。ずばり、早朝から朝、それに夕方である。この時間帯にエトピリカが集まることと、澄んだ空気でカゲロウもなく見やすいからだ。とくに晴れている時は早朝が順光になり赤い嘴もバッチリ見えるだろう。日中にエトピリカを見に来る人も多いようだが、ほとんどの人は見ることはできなかったと聞く。それは、日中に飛来することが少ないことに加え、遠いために海面の反射やカゲロウでいても分からないからだ。さらに最大の難関が夏に多い霧である。突然霧に切れ目ができて見えることもあるけれど、時には何日も続くこともありこれだけは天任せ、雨男や雨女との同行を避け日ごろの行いを良くしてから訪れましょう。
エトピリカを探しながら海上を見ていると他の海鳥にも気がつくはずだ。小島で繁殖しているオオセグロカモメにウミウ、岩礁近くに浮いてるのはシノリガモ。細身の黒いのがケイマフリ、ずんぐりしているウトウ、たまにはとっても小さいウミスズメに黒白のはっきりしたウミガラス。夏でもウミバトやツノメドリが出たりするので丹念に探すことをお勧めしよう。沖合いにもハシボソミズナギドリやトウゾクカモメ類が続々と渡って行くこともあるので注意が必要だ。
アゼチ岬の後背地にはノゴマやシマセンニュウ、オオジュリンやオオジシギなど草原の鳥、頭上にはアマツバメやショウドウツバメ、時には小島のオオセグロカモメを襲うオジオワシ。エトピリカがたとえいなくても、待つあいだ退屈はしないはずだ。
なお、小島のエトピリカは地元の浜中町で保護しており、環境省のエトピリカ保護増殖事業の対象地にもなっています。繁殖地の小島への立ち入りが禁止になっているだけでなく、船での観察や撮影も禁止にし保護をしていますので守ってください。
夏と冬におすすめ霧多布岬
岬の台地の東端に突き出た岬、正式には湯沸岬というが、現在は観光用につけた霧多布岬として知られている。ここでは台地全体と霧多布岬の野鳥をご紹介しよう。
以前は霧多布岬にもエトピリカの繁殖地があったため訪れる人も多かったが、最近の夏シーズンはアゼチの岬に比べ鳥見の人は少ないようだ。でもそれはもったいない、ここはアゼチの岬に比べ外洋に突き出ていることがあって海鳥を見るには適しているからだ。ウトウやケイマフリなど、アゼチの岬でご紹介した海鳥もはるかにこちらの方が距離も近く見やすい。そのためには、駐車場から湾を覗くだけではなく、わずか10分程度だから灯台を通って岬の先端までの遊歩道を行ってほしい。先端部からスコープで丹念に探せば、ウミスズメ類のほかにも越夏中のオオハム類やアカエリカイツブリ、6月だったら岩礁上のメリケンキアシシギにも出会えるかもしれない。ただし海鳥を見るには運も必要、渡りの群れが通る日に当たればヒレアシシギ類やミズナギドリ類の数万の群れに出会うこともあるからやめられない。こちらでもたまにはエトピリカが浮かんでることもあるし、日中に順光になるのでぜひ訪れてみるとよいだろう。
初夏の岬の台地はエゾカンゾウなど草花が多く、湿原とは違い間近で見られることもあって花ファンには魅力がある場所である。ここでもノゴマやシマセンニュウなどの小鳥やオオジシギなど草原の鳥たちも楽しめるので歩いてみるのも良いだろう。
個人的には霧多布岬や台地は冬が最も楽しいところだと思う。何が来てくれるのかワクワクする季節だからだ。暖冬だった今年の冬は海が凍ることはほとんどなかった。それに比べ昨年の冬は寒さが厳しく、とくに厳冬期は沖合いまで所々に開水面があるもののほとんど凍ってしまった。このように、これが同じ霧多布の冬とは思えないほどの違いが年によりあるのである。
ここでは寒かった昨年と暖冬だった今年の冬の状況から、岬と台地の鳥をご紹介しよう。冬は駐車場あたりから湾を覗くだけで帰ってしまう人が多いようだが、やはり岬の先端部まで行くことをおすすめする。まずはクロガモやコオリガモにビロードキンクロにシノリガモの海鴨たち。昨年はビロードキンクロに混じるアラナミキンクロやシノリガモに混じるコケワタガモが楽しませてくれた。やはり寒い冬のほうがいいようだ。暖冬の年にはもっと南下するはずのアカエリカイツブリが多くアビ類も残っている。ウミスズメ類はやはり遠いが、岬正面からとくに右側を丹念に探してみよう。2月から3月が最もよいのだが、なによりも波がないベタ凪の日がよい。昨年より今年のほうが少なく、やはり寒い冬のほうが数は多いようだ。ただ種類は変わらず、ウミガラス・ハシブトウミガラス・ケイマフリ・ウミバト・エトロフウミスズメ・ウミスズメ・コウミスズメが見られたのでじっくり探してみよう。
冬の台地の上は小鳥の姿は少ないが、このような環境にいるハギマシコだけが目につく。 昨年は800羽、今年は200羽と違いがあったが、小鳥の場合は寒暖より北方の餌の具合による影響が大きいのかもしれない。また雪の後には、ツメナガホオジロやユキホオジロにキレンジャクもいたりしたので注意が必要だ。
岬の台地の主役はなんといっても猛禽類だろう。オジロワシ・オオワシ・トビ・ノスリ・ケアシノスリ・ハヤブサ・ハイイロチュウヒ・コミミズクが冬の常連さんになる。昨年はケアシノスリが8羽と多いだけでなくシロハヤブサやシロフクロウも見られ最高の年であった。暖冬の今年の目玉は吹雪きの後の10羽前後のコミミズクと、天気が荒れることの多い暖冬にも思いがけない出会いがあったりする。このような出会いは一箇所で根気よく待つのもよいし、岬上の道を何度も回ってみるのもいいだろう、後は運まかせ。
霧多布湿原と海辺
湿原はなんといっても6月から7月の初夏がいい。霧多布湿原は3,160haもある花の湿原だ。何度見ても琵琶瀬展望台から見る広大な風景には圧倒される。ここはラムサール条約の登録地になっており、道立自然公園や国設鳥獣保護区の特別保護区に広い範囲が指定されている。したがって自然を楽しむのは道路上や木道のみに限られ湿原内は保護されている。私としては、今ブームのカヌーも水鳥には決してやさしくなく、保護区内の河川ぐらいは規制があってもいいと思っているのだが。
花の時期は草原の鳥の季節、ここでは岬同様にノゴマ・シマセンニュウ・オオジュリンなど北海道らしい鳥が満喫できる。岬の草原と違うのは、こちらにはマキノセンニュウが多いことだ。多いといってもブッシュに隠れてなかなか出てこない、いつ出てくるか花園でじっと待つのもいいのではないだろうか。そういった草原の小鳥が多いのは湿原の海側で、中央部は極端に少なくなる。海側にある道路の駐車帯やじゃまにならない所に車を止めて待つのもよし、仲の浜にある木道を歩いて探すのもまたよしといったとこだ。
この湿原や周辺の湿地ではタンチョウをはじめ、マガモ・オカヨシガモ・カワアイサ・アカエリカイツブリ・オオバン・バン・クイナ・オオジシギ・アカアシシギ・イソシギ・コチドリなどの水鳥が繁殖している。琵琶瀬川の河口ではタンチョウの姿も見えやすいし、時には大空を舞うオジロワシやヒラヒラ飛ぶチュウヒを見ることもある。河口はコンクリートの堤防で固められてしまい個人的には残念に思っているのだが、皮肉なことに堤防の上にできた道路からは鳥が見やすく探鳥ポイントになっている。
春秋の渡りのシーズンはこの琵琶瀬の河口が最もおもしろい時期で、とくに秋には種類も多く寄ってみる価値があるはずだ。ただ干潮時に水鳥たちが集まる傾向があるので潮見表で確認していくといいだろう。群れなす淡水鴨たち、時にはヒシクイの群れ、干潟にはトウネンやメダイチドリなどの小型のシギ・チドリやアオアシシギやツルシギなどの内陸を好むシギたち、その向こうには巨大なタンチョウが闊歩し、オジロワシやオオタカが鴨たちを飛ばす、こんな光景が珍しくなく広がっている。ここではオオハシシギやコキアシシギやハリモモチュウシャクも記録されたりして、私の秋の定番の場所となっている。小型のシギやチドリは霧多布港内に出る干潟や南北にある浜がおもしろい。ただ最近は潮干狩りの人出などで居着きが悪く、数も種類も減少傾向にあるのが残念だ。 それでも距離が近くじっくり見られるのが嬉しいし、時にはアジサシやミツユビカモメの大群やホイグリンカモメも出たりで楽しいとこだ。
冬の湿原は小鳥の姿もほとんどなく寂しい。河口もほとんど凍りカモたちもとても少ない。時に舞うワシたちやタカ類が期待できるぐらいだろうか。この時期は浜側の荒地が小鳥のポイントになる。ユキホオジロやベニヒワの群れにツメナガホオジロ、時にシラガホオジロやハマヒバリにコヒバリなど珍鳥も期待できるところだ。ただ彼らはとぼしい餌を求めながら移動を繰り返し、広い浜で出会えるかどうかは運しだいとなる。
山と呼ばれる森
湿原の裏から厚岸湖まで針広葉樹林の森が広がっている。海抜0mに近い霧多布の住民からは山と呼ばれているが。実態はせいぜい標高70mぐらいの丘が続いているだけだ。霧多布は夏の北海道で最も寒冷なところのひとつ。それは寒流から押し寄せる海霧のせいで、平地にも関わらず広葉樹ばかりではなく針葉樹も発達している。
ここでの夏の野鳥の特徴は低地の鳥から亜高山に近いとこまでに住む鳥が同居してることだ。湿原脇の低木にはエゾセンニュウやベニマシコやアリスイなど、広葉樹林にはキビタキやセンダイムシクイなど、針葉樹が増えるにしたがいコマドリやルリビタキにウソやキクイタダキなどが生息している。ここではハイ松帯に住むギンザンマシコやホシガラスなどや、渓流を好む鳥を除くほとんどの山の野鳥がいると言っても過言ではない。もちろんクマゲラやヤマゲラやエゾライチョウなど北海道らしい鳥もこの森で見ることができる。ただここは北海道でも有数の広い平地の森、歩ける距離は限られているから出会うかどうかはやはり運しだい。
浜中町内のこの森には車で通れる4本の開放林道がある(地図参照)。東から若山林道、三番沢林道、風澗林道、糸魚沢林道とあるが、西側に行くにしたがい森が深くなる傾向がある。風澗林道と糸魚沢林道は現在も造林が行われていることもあって比較的整備がされてはいるが、林道は林道、嵐の後には道が荒れていたり通行禁止のこともあるで注意が必要だ。とくに若山林道と三番沢林道は道も狭く、一部荒れてるとこもあるので運転は慎重にしてほしい。これらの林道を車で流したり、よさそうなとこに止めてみたり、時に歩いてみるのがいいかもしれない。ゲートのかかった枝道やこれ以外の林道は車の進入は禁止だが、徒歩で入ることは禁止されていない。このような林道の方が鳥が多かったりするのだが、草が生えてるような古い道はダニが多くおすすめできない。
歩くことが好きな方は湿原センター近辺の三番沢から四番五番沢林道が手ごろでいいかもしれない。詳しいコースは歩く時間を考え湿原センターでコースを尋ねるといいだろう。ただこの森はヒグマの住みか、人的被害は聞いたことはないけれどやはり注意は必要、準備や行動を慎重にしてほしい。
霧多布の野鳥リスト(1974~2003) *
アビ科 カイツブリ科 アホウドリ科 ミズナギドリ科 ウミツバメ科 ウ 科 グンカンドリ科 サギ科 コウノトリ科 トキ科 カモ科 タカ科 ハヤブサ科 ライチョウ科 キジ科 ツル科 クイナ科 |
チドリ科 シギ科 セイタカシギ科 ヒレアシシギ科 トウゾクカモメ科 カモメ科 ウミスズメ科 ハト科 カッコウ科 フクロウ科 ヨタカ科 アマツバメ科 カワセミ科 ヤツガシラ科 |
ヒバリ科 ツバメ科 セキレイ科 サンショウクイ科 ヒヨドリ科 モズ科 レンジャク科 ミソサザイ科 ツグミ科 ウグイス科 ヒタキ科 エナガ科 シジュウカラ科 ゴジュウカラ科 キバシリ科 メジロ科 ホオジロ科 アトリ科 ハタオリドリ科 ムクドリ科 コウライウグイス科 カラス科
以上 309種 |
*85~03年の片岡の記録とその間に集まった情報に加え、浜中在住の中田千佳夫氏の記録(74~79)、および同じく浜中在住の黒沢信道氏の記録(79~86)からもリストアップした。
[注]表中の鳥の*1~*6については日本鳥類目録(日本鳥学界2000)や北海道鳥類目録(藤巻2000)で日本の鳥あるいは北海道の鳥としてまだ認定されていない。写真などの具体的証拠を欠くものもあるが、参考までにそれぞれにつき以下の注釈を付しておく。
1)カタシロワシ:92年2月16日、97年12月~98年1月に霧多布岬で観察された。92年と98年には隣接する根室市でも記録されている(高田2001)。
2)ヒメカモメ:91年6月28日に霧多布岬で観察された。80年8月の根室市落石岬での記録がある(高田2001)。
3)カナダカモメ:01年1月3日に琵琶瀬で観察された。98年12月の根室市春別川河口での記録がある(高田2001)。
4)ホイグリンカモメ:毎年9月~10月にごく少数が定期的に霧多布海岸を通過する。1996年9月の斜里町での記録がある(川崎1997)。
5)コバシウミスズメ:86年3月27日に埼玉県野鳥の会会員により霧多布岬で観察され、同年3月30日の北海道新聞に掲載された。
6)ニシコクマルガラス:96年7月~97年3月に霧多布市街などで観察され、文一総合出版のバーダー誌13巻2号(1999)に掲載された。
参考資料
川崎康弘(1997)網走市・小清水町・斜里町におけるオホーツク海沿岸部周辺の鳥類. 知床博物館研究報告18:19-34.
高田令子(2001)根室支庁管内鳥類リスト. 根室市博物館開設準備室紀要15:95-114.
日本鳥学界(2000)日本鳥類目録改訂第6版.
藤巻裕蔵(2000)北海道鳥類目録改訂2版. 帯広畜産大学野生動物管理学研究室.
(平成14年6月発行「北海道野鳥だより」第136号から転載。写真は筆者撮影。)
< 地図製作:高橋良直 >